結城座豆辞典
た〜と

大正三年生まれの結城座の肝っ玉おっかさん。
3歳から義太夫の修行をはじめ、17歳で真打に。19歳で二代目結城一糸(結城雪斎)と結婚。以来結城座の義太夫として、また精神的支柱として結城座を支え続けてきてくれました。
平成11年文化庁長官表彰受賞。
平成19年11月18日逝去。
◆竹本素京追悼 結城座古典公演 (2008年5月) 舞台写真
◆追悼公演の演目と素京のアルバム
| 大正 3年 | 浅草、千束町に生まれる。 | ![]() 14歳のころ 娘義太夫の花形には、 どの小屋にも 駆けつけてくれる ”追っかけ”も多かった。 ![]() 愛用の見台 ![]() 芸術功労者賞の授賞式 |
| 大正 6年 | 花沢梅光に義太夫を習いはじめる。 | |
| 大正 8年 | 5歳、本所、長門倶楽部にて初舞台、花沢梅喜久を名乗る。 | |
| 昭和 3年 | 竹本素昇に師事 | |
| 昭和 6年 | 豊沢雷助に師事 | |
| 昭和 7年 | 竹本素京を名乗り真打となる。 吾妻橋、東橋亭にて「壷坂霊験記」にて真打披露公演 | |
| 昭和 8年 | 初代結城一糸(10代目結城孫三郎、結城雪斎)と結婚 | |
| 昭和 9年 | 大阪公演を最後に娘義太夫としての舞台を退き、以来現在まで結城座の人形のみの竹本の太夫として海外公演を含む数多くの公演に参加し活躍 | |
| 昭和63年 | 結城雪斎舞台生活77年、竹本素京舞台生活70周年記念公演 東京都より助成を得て竹本素京の義太夫を永久保存。「壷坂霊験記」「新版歌祭文」「本朝廿四孝」など全12段を録音 「竹本素京 義太夫の会」として独演会を再開する | |
| 平成 2年 | 昭和61年にヨーロッパ公演にてベオグラード国際演劇最賞を受賞した「マクベス」をスウェーデン・デンマーク・ノルウェー・旧ソ連各都市で上演。 モスクワにおいて義太夫のレクチャーデモンストレーションを行う 有限会社結城座の代表取締役に就任 | |
| 平成11年 | 文化庁長官表彰受賞 | |
| 平成12年 | 紀尾井ホールにて素浄瑠璃「摂州合邦辻」公演 | |
| 平成13年 | 上野公園内の旧東京音楽学校 奏楽堂における初の素浄瑠璃公演を行う | |
| 平成14年 | 東京芸術劇場にて米寿記念公演「傾城恋飛脚 新口村の段」 | |
| 平成15年 | 3月、芸団協より平成十四年度芸能功労者賞表彰を受賞 「伽羅先代萩の世界」公演(7月9日〜7月13日 世田谷シアタートラム) |
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| 平成16年 | 東京芸術劇場にて、竹本素京卒寿記念・結城座三七〇周年記念公演「摂州合邦辻」 |

"テレビ天助"絵本の表紙
NHKの実験放送時代に始まった「テレビ天助」はNHK人形劇の最初のものです。テレビを担いだテレビ天助が、悪をやっつけます。まだ録画放送が出来なかったため、先に作っておいたセットを人形、人形遣い、カメラ等が場面展開ごとに移動しながら生放送したそうです。



